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練吉は盃を口にふくみながら答へた。
対診に来てくれた練吉のことを気にかけているのだつた。
男はまだ立つて、あの話を持ちかける構へといつた風を持していた。
「ふむ、ふむ。――どなたでしたかね。お名前は?――ふむ、ふむ。――住所は?いや、字あざはどこでしたかな――ふむ、ふむ」
広い家の中では盛子一人だつた。もうとつくに羽織袴も居間に出して置いたし、履物も足袋も揃へた。帰りさへすればすぐにも出かけられるのだ。だが、足音も聞えはしない。盛子はさつきから何度も玄関に出てみたり、それから裏口から外の小路に出て河原の方をすかし見たりした。
盛子の顔からはもうあの一人でうれしがつているやうな無邪気さは消えていた。代りに現れたものは物柔い優しさに満ちた注意深さだつた。
まだぎこちなく坐つて伏目に固くなつている堂本の様子から、自分が誰かといふことは判つてはいるのだなと思つた房一は、
風呂にゆつくりとつかつた。
「おーい、火事はどこい行つたあ」こんな風に、口々に喚いていた。
「はあ、見て参ります」
房一はむつつりとしたまゝ答へた。
「なにしろ、迷ふんだな」
「何でもないぢやないかね、君から聞いたとほりだ。心配することはないと思ふな」