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「やあ、おいでなさい。わたし、相沢です」
「さうか。うちの方では山車だしを引いて出るさうだ。それから、みんな紋付に羽織袴といふことだの」
徳次は何かしら話に困つていた。で、彼は真面目な熱心な目つきで犬を眺めた。ところが、この犬まで普通のものとはちがふやうに思はれた。それは確かに「医者の犬」だつた。短い白毛の生えそろつた地はちつとも汚れていなかつた、茶斑の所は艶があつて上等の織物の模様みたいであつた。そして、全体に清潔でゆつたりしていた。
「お松ですか?お松は半之丞の子を生んでから、……」
「それは惜しかつたですな。私などとちがつて学資の心配はなかつたでせうし」
「やあ、君か」
それが堂本だつた。
庄谷の細い眼が又微笑した。だが、その瞬間に現はれたほんの少しの人なつこさ、古い記憶のほのめきは、すぐ又大急ぎでどこかへ隠れこんで行くやうに見えた。
房一はさつきから自然と聞いてはいたが、事は初耳だつた。
「すると、何ですか、十年契約といふやうなことにでもなすつたんですか」
「さあて、帰るかな」
「やつは、わつしの土方家業がえらい嫌ひでしてな」と、彼は云つた。
きよろりとした眼でしきりと家の中をのぞきこみながら、しばらくして